何故スポーツでは左利きが優遇されるのであろうか。
右も左もレフティー待望論が氾濫し、実にナイル川の如しである。ただ左利きであるだけで「右利きとは視点が違う」「打ちにくい」「タイミングが読めない」「見え難い」「リズムが違う」「家内安全」「安産祈願」・・・etcと、それらが実か虚かは考慮の外に置くとしても様々な付加価値がべったりと張り付き、彼らをべったりと守る姿足るや某国聖火防衛隊を髣髴とさせる鉄壁さである。その有象無象の鎧が彼らを上記の価値を備えた完璧超人へと成り立たしめているのであろう。
甚だ尋常で一般的で凡庸で普遍的な右利きである僕には到底真似できぬ所業を彼らは成し得るのでありましょう。凄いですね、左利き。左手に「レフティー」なんていうカッコイイ名前が付いているにもかかわらず、我ら右手を主とする者には格好良い格好悪いの区別より以前に名前が無いと言う空前絶後、筆舌に尽くしがたき酷薄な所業はまさしく地獄火の海の如し。その業火に身を焼かれながらも、その状況を打開する為に
僕が作った、右利きを表す「
ライティー」という言葉が市民権を得ないのは、前述のような利点が我らに無いからなのであろう。
断じてこの言葉がダサいからとか、微妙だとか、「ポケモンに・・・」とかだからではないのだろう。絶対。ああ、なんと神様は我らを不公平に作り上げたのであろうか。僕も左利きに産まれるべきであった。序に言えば、「ライティー」などと万死に値しようと口にするべきでは無かった。まさしく痛恨の極みと言わざるを得ない。
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