欧州のフットボールシーンが段々と佳境を迎え始めている。
ある場所は大一番を向かえ、ある場所では既に来季へと思いを馳せている。日々努力し、自らを高め、結果と言う物を求めて突き進んだ結果が出る時期でもある。中には監督に恵まれなかったり、我の強さに身を焼かれたりしてしまった者もいる。
その様は正しく一年へと凝縮された人生の様でもある。とはいえ、人の一生は斯くの如き流れと同じ物ではない。あるいは源泉こそ同じなのかもしれないが、人生はフットボールだけではない。しかしながらその一生を一年へと縮めるたこのスポーツは、どこか濃厚な情念を感じさせる。
その中で、昨日イングランド・プレミアリーグが終幕を迎えた。
優勝したのは私が影ながら応援しているManchester United。ファン、というにはチームへの貢献が少なすぎるとも言えるが、それでも嬉しい。なんと言っても一年間、ずっと「勝ってくれ」と願ってきた。その小さな願いが、昨日実現と言う晴れの日を迎えたのであるからやはり嬉しくない理由が無い。事実、今朝このニュースとめぐり合った瞬間は中々の満足感を与えてくれた。
しかしながら、それはまた別の切なさも残した。
私が手に入れたのは、跳び抜けるほどの歓喜、では無い。一年間が報われた事に対する喜びでもない。一年間の間にあったことに頭を巡らすようなことも無かった。
そこにあったのは安堵であり、解放だった。それでもひょっとしたら、「優勝して嬉しかった」と喜ぶ事もできるかもしれないが、それは最終的な結果が齎してくれた物であって副産物に過ぎないのでは無いだろうか。そんな疑念が私の胸にはもう何年も蔓延っている。それこそ、自らを「ファンだ」と呼べぬほどに。そして、それを受け入れ始める自分がいる。受け入れ、自分を「ファンではない」と定義する事で、何も消費せず、何も犠牲にせず、ただ遠くから風の噂を聞くだけで身を落ち着けようとしている自分がいる。
足掻こう。そう思う。
何も変わらないのだ。私は何もせず、なにも自分から動こうとせず、今が切迫していないのをいいことにその場に留まろうとしている。考えなくても良い事を傘に来て、流れに乗り続けようとしている。それは7年前の冬から一行に変わっていない。日韓W杯の前年の冬に、親の部屋で始めてサッカー雑誌と出会ったあの日から、私はその習性を一辺倒に変えずにここに居る。
ただ、私はサッカーが好きだ。
それも変わっていない筈なのだ。少なくとも「ファンではない」という呪縛を身にかける事から抵抗したくなるほどに。
だから足掻く。「私はManchester Unitedのファンだ」とはっきりと言える様に。少なくとも、自分だけはそうだと確固たる信念を持てる程になれるよう、足掻く。その努力だけは、私はしたい。
07-08シーズンのプレミアリーグは私が応援するチームが優勝してフィナーレを迎えた。
願わくば、来季も同じ結末に浴して欲しい。そしてその時私も共に居れる様に、一編の曇り無く喜べるようになりたいと、私はそう願っている。
そして、決意するのだ。
決意は人を変えられると、私は信じて歩き始めようと、そう私は、心に、決めた。
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